Questions about example sentences with, and the definition and usage of "論じる"

  • Translations of "論じる"

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    2. 本研究目的では、→本研究では、 「本研究の目的は、」を使う場合、最後が「〜を論じることです」になります。 「本研究では、」の方が自然かな〜

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    2. 私の研究計画書の題名は『天皇の東南アジア諸国訪問(1991年)と天皇訪中の比較』です。本研究では、皇室外交としての天皇の東南アジア訪問(1991年)と訪中を比較しながら、平成の皇室外交を論じるつもりです。論点は、二つの皇室外交の影響の違いにあります。天皇は平成3年(1991年)に、主要な東南アジア諸国をほぼ全て訪問しました。今にして思えば、天皇の東南アジア訪問は以後の日本と東南アジアとの友好関係のいしずえを築いたともいえます。総じて現在の日本と東南アジア諸国の関係は良好といえます。

  • Other questions about "論じる"

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    2. 私は公共政策学を専攻しています。卒論では中国のエネルギ-政策をテーマに『研究しました』。このテーマを選択した理由は、中国の空気汚染はすでに深刻な問題『であり』、特に冬にはpm2.5という微小粒子状物質が『健康』に大きな影響を及ぼし、今後ますます空気汚染『への』対策が重要になるからです。私は、これらの問題意識を『持ち、』中国の空気汚染の原因と『現状』『、』エネルギー消費『の割合』とエネルギー産業改革『、』政府の大気汚染防止行動計画などの検討を通じ、『政策提言』を提出しようと考えています。

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    2. 私の研究テーマは「ステレオタイプから日本人論にいたる、自分自身の道筋について」 です。動機文でそのテーマを選んだ理由について論じたいと思います。 ”ステレオタイプから日本人論にいたる”が少し引っ掛かります。あなたの本意がわからないので例が示しにくいのですが、たとえば「ステレオタイプ論から日本人論」だとか「ステレオタイプな考え方から日本人論にいたる」とかならしっくりきます。 以下、添削してみました。  子どもの頃から私は、”それまで知らなかった目新しく見えるもの”すべてに関心を持ってきました。(”私は~な子供でした”の方が自然かもしれません)好奇心の強い子供だった”ので”、ドキュメンタリー映画や異文化についてのテレビ番組が好きでした。”このようなテレビ番組を見ていたので”、様々な現実や文化を知ることができました。私の一番好きなテレビ番組は「Alle falde del kilimangiaro」という番組”で”、”よく”母と一緒にみたものです。(”よく~した”という言い回しが通じやすいです)世界各地で撮影された旅行ドキュメンタリーを紹介していました。このテレビ番組のおかげで、日本語に出会えました。「Alle falde del kilimangiaro」という番組で、毎週外国語のゲーム(クイズの方がふさわしいかも)がありました。そのゲームでは、いろいろな外国語の母語話者が母語で同じセンテンスを言って、視聴者は受賞するために、どんな外国語かが理解しなくてはいけませんでした。今も、そのゲームで日本人が話していた事を鮮明に覚えています。日本語の音は優しくて甘い響きだと思いました。実は(☚不要、もしくは「実際は」?)私の外国語にある興味”は”中学時代の終わりから生まれ”たの”かもしれません(原文だと未来の出来事に思えます)。中学で”は”フランス語と英語を勉強し”ていました”。高校を考えた時に、さまざまな種類の高校がありました。私は外国語系の高校に通いたかったのに、科学系の高校に決めてしまいました。私の町に外国語系の高校がなかったからです。科学の科目も好きだったから、結局は満足しました。英語とフランス語しか話せませんでしたが、他の外国語も”学んでみたかったのです”。そのため、大学で日本語の勉強をはじめました。言語を勉強するということは、言葉や文法を暗記するだけでなく、その言語を話している人口の文化、生活、考え方、伝統について知ることを意味します。言語を勉強すれば、人々を深く理解することができます。母のおかげで、異文化に関心が強”くなったのかもしれません”。実際に、母は高校の地理学の先生だけあって、様々な国の特徴に詳しいです。””母は私にいろいろな”外国の事”を教えてくれて、ますます”私の”異文化”へ”の関心”は”強くなりました。異文化に関心を持つおかげで、異なる文化を尊重し、寛容になることを学びました。一般的に、子供の頃から私は文化の違いだけでなく、人々の違いにも興味を持っていました。例えば、そのころのクラスメートの家族と私の家族を比べると、私の家族はずいぶん違いました。”私が4歳のころ”に、私の父”は亡くなりました”。”その点で”私の家族は普通の家族ではありません。毎年、父の日のために、学校でプレゼントを作ったものですが、私は父にあげられません。そこで、私は兄にあげたものです。誰にもその理由で嘲笑しませんでした。でも、友達より自分が違ったと感じました。それから私は育って、強くなりました。 ”そのような”自分の経験のおかげで、多様性がいかに重要か分かりました。実際に、 違いは私たちの共通の唯一のものだと思います。(☚かなり難解で哲学的な意味にとれますが、「他者との違い」だけが普遍的に我々人間にある共通のもの」ということでしょうか?)しかし、私たちが何かを理解していないとき、このことを形作ろうとします。(☚”自分の心の中だけで自分が納得のいく一応の理解を形作ろうとします”などはどうですか?)たくさんの違いがあるから、複雑さを単純化しようとします。これは、ステレオタイプの生まれ方だとおもい”ます”。”私にとって”日本の文化は自分とはかけ離れた世界のように感じました。だからこそ、日本のことをもっと詳しく調べたくなったのかもしれません。確かに、日本の歴史や文化や社会をイタリアのものと比べると、たくさんの違いがあると思います。しかし、一番面白いのは、まさにその違いを知ることだと思います。私の友達や日本語を学んでいる学生からは「日本人はとても特別だ」ということをよく聞きます。ほかにもイタリア人はいつも遅く来るという思い込みや、アメリカ人はいつもドーナツを食べているという先入観のようなものも聞いたことがあります。それらはステレオタイプです。どうしてこのようなステレオタイプなものの見方をするようになるのかということに私は興味が湧いて来たのです。そのことが日本に関するステレオタイプなものの見方がどこで生まれたのかということを研究してみるきっかけとになりました。””ステレオタイプは、”(表層的な”等挟んでもいいかもしれません)一般的な概念に基づいていて、文化を知るという錯覚を提供”します”。 私は多様性に特別な関心を持っている”のでorと自負しているので”、日本や日本についてのステレオタイプを聞くと、腹”が”立ちます。これらの気持ちは私に”ステレオタイプというテーマを深く考えることを促しました。” 日本についてのステレオタイプが”どこでどのように”生まれたのかを深く理解しようとすると、日本人論の現象を発見”することになりました”。 文法的な間違いはほぼなかったです。 文章も興味深かったです:)

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    2. 明治四十二年(1909年)、日本の辺境ともいうべき津軽に生まれた太宰治は日本の戦後に現れた無頼派文学の代表的作家である。本名は津島修治で、生家は屈指の大地主であった。しかし六男として生まれた太宰治は幼い頃から父母の愛を受けずに成長した。そして、彼はその生涯において自殺未遂、麻薬中毒、借金の不義理などを重ね、自己破壊と自己否定の道をひた走ったが、そのような傾向は作品に色濃く反映されている。その一方、作品の中には深い自己分析と告白も見られる。  太宰治の主な作品には『逆行』、『斜陽』、『走れメロス』、『人間失格』、『晩年』などがある。太宰は小説の中でしばしば潜在的二人称の文体を用いた。すなわち、「君よ」、「読者よ」のように直接的に読者に呼びかけることで、読者に強い親切感を持たせ、自分の精神世界との強烈な共鳴作用を引き起こしたのである。日本文学を研究するにあたり、太宰治の小説を通して、直接に日本人の精神性に触れることができる。本論は太宰治の『人間失格』という小説を切り口として論じたものである。  太宰治に対する文学的な評価は未だ確定しているとはいえない。全肯定する者もいれば、全否定する者もいる。いずれにせよ、太宰治と彼の作品は読む者に不思議な魔力をもたらさずはおかないのである。

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    2. 自分の考えを人に話したとき、反対意見を招くこともある。人と論じたり言い争っても、分かってもらえない場合もある。こんなとき、大声で言い負かすのではなく、時間をかけることで相手を説得させるのでもなく、しっかりとした根拠を出すのが何よりも大事なのだ。そうしない限り、人を賛同させることも、自分を信じさせることも難かしい! 時には、説得が必要な相手が一人ではなく、複数いるかもしれない。結果が見えない議論にばかりこだわるべきではない。すぐに調べるのが一番よい選択なのだ。

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    2. 理解できる 少し回りくどい感じです。発表の場なら「理解する」の方が自然です。 力を身に付きました 「力を身に付けました」または「力が身に付きました」 前者は「自力で獲得した」、後者は自力かそうでないかにかかわらず「結果としてそうなった」というニュアンスです。しかしどちらでも構わないと思います。 このことから 間違ってはいませんが、「身に付けました」に合う表現ではないように思います。いまいち良い言葉が思い浮かびませんが、「そうすることで」あたりがいいかと思います。気にならなければそれでいいと思います。

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    2. ‎‎ (it is for an exam which the subject is "idea of progress", this is the intro) 進歩の概念 この概念は、歴史と繋がりを持ちます。 進歩の概念は長く歴史的な瞬間を伴ってきました。(「ずっと」は、examなどの文章では使わないです。) ゆえに、社会での最大進展に責任を持ちます。(「というわけで、」もinformal) 「最大進展」という言葉の意味が分かりにくいです。 一般に「進歩」について考える時は、積極的な意味が心に浮かぶこともありますが、疑問や異論も浮かび上がります。 私の問題は[社会は進歩を全で受け入れるべきか?]というものです。 そして、この問題を答えるためにインターネットの普及、特に大きな難点について論じます。 ・「あの」という代名詞が「この」の方が適切なときがあります。 ・接続詞が、口語を使っていることが多いのでformalな文章のための接続詞を使ったほうが良いと思います。

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