Question
21 Nov 2018

Closed question
Question about Japanese

昔、ローマ帝国の時(紀元前2世紀から)スラブと言う民族が現代のロシア連邦の国境線の中に住んでいました。
紀元9世紀に北ヨロッパから来たバイキングという人が海から川に入って、スラブ民族を征服しました。このバイキングの支配階級はРусьと呼ばされました。ロシアという名前がこのバイキング民族の名前から来ました。
その時、現代ウクライナにあるキエフという都市はロシアの一番大事な都市でした。まだ若い国のロシアは小さかったし、強くなかったし、文化もあまりなかったし、手を組んで同盟できる帝国を探しました。元ローマのギリシャにあるビザンチン帝国は一番いいと思って、ギリシャのキリスト教を採用しました。ギリシャの書き方も採用して、ロシアの文化がだんだん大きくて強くなりました。
しかし、14世紀にモンゴルのジェンギスカンの帝国が広がって、ロシアの全国を征服してしまいました。約200年、ロシアの市町村がお金と奴隷になる人間をモンゴルの支配階級に提供しなければなりませんでした。しないとモンゴルの軍はその都市か村を破壊しまうのでした。
15世紀にモンゴル帝国が弱くなって、ロシアの市街がモンゴル軍と戦い始めました。結局モンゴルの軍を退治ができました。
この時、ロシアの市街の協力はよくなかったのですが、モスクワ市を治めていたИван Грозныйという大名が他の大名を暗殺したり、従属させたりして、ロシア帝国を力付けました。
does this sound natural?

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