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24 Oct 2017

Simplified Chinese (China)
Closed question
Question about Japanese

以下は私の作文宿題です。間違いを直して添削してもらえませんか。よろしくお願いします。(文章の中に失礼なところがありましたら、どうか许し下さい。日本が大好きです。🙇)
小さい頃、私は日本に反感を持っていました。なぜなら、生まれてから数え切れない愛国思想教育や映画の洗脳を受けていたためです。会ったこともないにもかかわらず、あなたと日本人との間が不倶戴天の恨みがあります。と、よく言われました。しかし、成長するにつれて、分かるものも多くなってきました。心にこのような基準が生じました。ある物事を本当に理解してみて初めてそれを認めるといえます。さもなくば、それはただの盲従です。否定する物事に対して、更に理解しなければなりません。よく知らないくせに、「なになにが大嫌いだ」などと勝手に言うなんて、あなたは好き嫌いがコインを投げるので決めたのですか。
歴史は人に任意に粧われる娘であり、教科書の歴史は偏るのかもしれません。中国と日本との関係はとても複雑で、歴史の全体を見渡して、簡単に一言でまとめれば、それは愛し合っては打ち合うと言いましょうか。両国は仲のいい時期の中で、お互いには友好的な態度を持っていました。歴史的に、日本は中国に多くのものを学んだため、和風という日本独特の魅力が最も表される大方は、古代中国文化の影響があります。武士の刀が唐刀から改善したものであり、相撲が唐手であります。下駄は中国の隋唐時期以前、特に漢朝の普遍的な服装です。和服はもっと言うまでもないものです。清朝の末年、中国人の学生は大量に日本へ留学に行きました。そのため、現代中国語は常用語彙が日本語に借りました。たとえば「電話」、「幹部」、「化学」、「共和」、「人民」などです。モンゴルが北宋を侵略したあと元朝を成立しました。モンゴル軍の日本を第2回の侵略は、「神風」のおかげで、モンゴルが敗戦しました。そして、日本軍が殘ったモンゴル人と朝鮮人殺し尽くしました。しかし、殘った漢人だけを殺しませんでした。戦争の背景に、その点は意義がきわめて深遠であります。そして、南宋滅亡の際に日本全国は三日間の精進をしました。その原因は、南宋の滅亡はある意味で中原の漢民族がはじめて本当に亡国し、文化断層が現れたのからです。ずっと漢文化好きな日本人が、かなり悲しんで、喪服も着ました。
ここ、民族主義について話したいです。民族主義のコアは民族の間の区別を強化することです。それによって内外観念を生じました。そして、民族の区別を強化する一番効果的な方法は、憎しみを製造することです。一方で、恨みと民族対立を誇張しすぎては、逆に政治戦略目標が実現できなくなります。そうすると、政治家にとって、有効に民衆の心理をコントロールして利用することが必修科目になります。したがって、すべての歴史の恩讐は民族主義に利用できる素材だけで、政治的な目的を実現するための手段にすぎないでしょう。
昔から今まで、戦争が勝っても負けても、99.999%の庶民が正視するにたえない苦しいんでいます。一部の中国人は戦争に勝って、200年間の民族の恥をそそぎ、敵を討って雪辱すると心から願っています。日本で宣戦権を得たがる人もいます。それらは本当の馬鹿と思えます。民衆がもっと尊厳を得て生きられるのは、決して戦争によって得られることではないからです。
今できることは、自分の目で真相を発見することです。みんなはお互いに理解した後、誤解も少なくなって、未来も良くなります。とにかく、交流が多くなればギャップが少なくなります。相手の立場で問題を考えることができれば、互いに了解することができます。その時、もし日中友好を破壊して再び戦争を起こさせようとする人がいても、日本も中国もの人民は決して許可しないでしょう。

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