本章の例文や意味・使い方に関するQ&A

「本章」についての他の質問

Q: 本章はメディア・コミュニケーションという(行為)の構築・構成されていく過程とその主体である「ジャーナリズム」に焦点を当てている。構築主義的な視座は本書の核心であるが、本書において加えて「信頼」という概念を手がかりに考察を行なった。構築主義について質問が一つある。それは構築主義が客観性に対する態度という問題である。 この表現は自然ですか?
A: × 構築主義的な視座は本書の核心であるが、本書において加えて「信頼」という概念を手がかりに考察を行なった。
✓ 構築主義的な視座は本書の核心であるが、本書においては、それに加えて「信頼」という概念を手がかりに考察を行なった。

× 構築主義について質問が一つある。
✓ 構築主義について質問(疑問?)が一つある。

× それは構築主義が客観性に対する態度という問題である。
✓ それは構築主義の客観性に対する態度についてである。

話し言葉であれば「質問」で構いませんが、書き言葉としては「疑問」とした方が自然かと思います。
Q: 本章はまさに水俣病の原因企業であるチッソ株式会社に焦点を当て、チッソ労働組合の組織形態とチッソ労働組合が行ってきた労働運動を中心に内容を構成している。これは大変興味深く読まさせて頂いた。なぜかというと、ずっと前からの認識では、原因企業の構成員と水俣病被害者の関係はほぼ和解できない厳しいものだからである。しかし、上部組織との戦いの中で、チッソ労働組合の組員は労働者としての意識、そして労働組合が今まで展開してきた運動を未熟なものとする認識が結果的に水俣病患者に対する申し訳なさをもたらした。組員らは労使運動の中で、会社側に味方をしたことを後悔しながら、被害者への理解や支援の遅れをも痛感できた。(p158)に記載されているこれに関する下りは最も印象的であった。 この表現は自然ですか?
A: × 本章はまさに水俣病の原因企業であるチッソ株式会社に焦点を当て、チッソ労働組合の組織形態とチッソ労働組合が行ってきた労働運動を中心に内容を構成している。
✓ 本書は、水俣病の原因企業であるチッソ株式会社の、社内労働組合「チッソ労働組合」に焦点を当て、その組織形態、そして同組合による労働運動を追跡調査している。

× これは大変興味深く読まさせて頂いた。
✓ これは大変興味深く読ませてもらった。

× なぜかというと、ずっと前からの認識では、原因企業の構成員と水俣病被害者の関係はほぼ和解できない厳しいものだからである。
✓ なぜかというと、これまでずっと、原因企業と水俣病被害者は和解のしようがないほど対立が激しいものだったとするのが定説であったところに、この本はまた違う視点を持ち込んでいたからだ。

× しかし、上部組織との戦いの中で、チッソ労働組合の組員は労働者としての意識、そして労働組合が今まで展開してきた運動を未熟なものとする認識が結果的に水俣病患者に対する申し訳なさをもたらした。
✓ 会社側との戦いの中で、チッソ労働組合の組員は労働者としての自己意識を次第に改め、そして同労組が今まで展開してきた運動を未熟なものと認識し、水俣病患者に対する申し訳なさを強く意識するようになっていたことが綴られている。

× 組員らは労使運動の中で、会社側に味方をしたことを後悔しながら、被害者への理解や支援の遅れをも痛感できた。
✓ 組員らは労使運動の中で、自分たちの水俣病被害者への理解や支援の遅れを感じだし、会社側に味方をしたことを後悔するようになっていたという。

× (p158)に記載されているこれに関する下りは最も印象的であった。
✓ (p158)に記載されている、このあたりの葛藤と自己反省に至るまでの記述は、読んでいて最も印象的であった。

Q: 本章で、著者は『和漢朗詠集』をめぐって、漢詩と和歌の交響を述べる。
はじめに、著者はなぜ『和漢朗詠集』を選ぶかを説明する。その理由は以下の四つである。
第一、『和漢朗詠集』はほかの和歌漢詩集(ここで著者は『新撰万葉集』を挙げる)のように、漢詩とそれに準じて翻訳された和歌を並べているという形で出来上がったものではなく、翻訳のつぎの段階にたどって、漢詩と似たような内容を並べているのである。「翻訳」と「翻訳のつぎの段階」について、著者は犬とドッグの例を出す。「犬」=「ドッグ」は翻訳、犬は犬、ドッグはドッグは翻訳のつぎの段階と説明する。
第二、『和漢朗詠集』は朗詠したものである。朗詠とはうたうことである。『和漢朗詠集』は漢詩と和歌を「うた」という次元に並べる。白楽天の詩は和歌と似て、リズミカルである故に、うたうことに慣れている日本人に人気がある。
第三、『和漢朗詠集』は漢詩と和歌が対立に書かれている形式である。二つの異文脈が一冊の本に共存することが文化受容の一つの縮図であると著者は考える。
最後、第三のそのような形式により、一種の「交響」になる。 この表現は自然ですか?
A: × 本章で、著者は『和漢朗詠集』をめぐって、漢詩と和歌の交響を述べる。
本章で、著者は『和漢朗詠集』をめぐって、漢詩と和歌の交響を述べている。

× はじめに、著者はなぜ『和漢朗詠集』を選ぶかを説明する。
✓ はじめに、著者はなぜ『和漢朗詠集』を選んだかを説明している。

× 第一、『和漢朗詠集』はほかの和歌漢詩集(ここで著者は『新撰万葉集』を挙げる)のように、漢詩とそれに準じて翻訳された和歌を並べているという形で出来上がったものではなく、翻訳のつぎの段階にたどって、漢詩と似たような内容を並べているのである。
✓ 第一に、『和漢朗詠集』はほかの和歌漢詩集(ここで著者は『新撰万葉集』を挙げる)のように、漢詩とそれに準じて翻訳された和歌を並べているという形で出来上がったものではなく、翻訳のつぎの段階として、漢詩と似たような内容を並べているのである。

× 「翻訳」と「翻訳のつぎの段階」について、著者は犬とドッグの例を出す。
✓ 「翻訳」と「翻訳のつぎの段階」について、著者は犬とドッグの例を出している。

× 「犬」=「ドッグ」は翻訳、犬は犬、ドッグはドッグは翻訳のつぎの段階と説明する。
✓ 「犬」=「ドッグ」は翻訳、犬は犬、ドッグはドッグとして捉えるのは翻訳のつぎの段階と説明する。

× 第二、『和漢朗詠集』は朗詠したものである。
✓ 第二に、『和漢朗詠集』は朗詠したものである。

× 『和漢朗詠集』は漢詩と和歌を「うた」という次元に並べる。
✓ 『和漢朗詠集』は漢詩と和歌を「うた」という次元で並べている。

× 白楽天の詩は和歌と似て、リズミカルである故に、うたうことに慣れている日本人に人気がある。
✓ 白楽天の詩は和歌と似ており、リズミカルであるが故に、うたうことに慣れている日本人に人気がある。

× 第三、『和漢朗詠集』は漢詩と和歌が対立に書かれている形式である。
✓ 第三に、『和漢朗詠集』は漢詩と和歌が対比して書かれている形式である。

× 二つの異文脈が一冊の本に共存することが文化受容の一つの縮図であると著者は考える。
✓ 二つの異なる文脈が一冊の本に共存することが文化受容の一つの縮図であると著者は考えている。

× 最後、第三のそのような形式により、一種の「交響」になる。
✓ 最後に、第三のような形式であることから、一種の「交響」といえる。

Q: 本章を読んで、あまりにも残酷な動物実験に言葉が出られないほどあきれてしまいました。国を問わず、毎年数え切れない動物が、人間のとるに足りない目的を達成するため実験台に置かれています。動物実験は、軍事や医療分野だけでなく、我々日常生活と密接している化粧品や食品など様々な分野でも行われていますが、そもそも人間の病態と全く同じ実験動物の疾患モデルは存在しません。れ故に、このうち、莫大な税金が費やされ、膨大な数の動物を命が犠牲になりました。 この表現は自然ですか?
A: × 本章を読んで、あまりにも残酷な動物実験に言葉が出られないほどあきれてしまいました。
本章を読んで、あまりにも残酷な動物実験に言葉が出ないほどあきれてしまいました。

× 国を問わず、毎年数え切れない動物が、人間のとるに足りない目的を達成するため実験台に置かれています。
✓ 国を問わず、毎年数え切れないほどの動物が、人間のとるに足らない目的を達成するため実験台に置かれています。

× 動物実験は、軍事や医療分野だけでなく、我々日常生活と密接している化粧品や食品など様々な分野でも行われていますが、そもそも人間の病態と全く同じ実験動物の疾患モデルは存在しません。
✓ 動物実験は、軍事や医療分野だけでなく、我々の日常生活と密接している化粧品や食品など様々な分野でも行われていますが、そもそも人間の病態と全く同じ実験動物の疾患モデルは存在しません。

× れ故に、このうち、莫大な税金が費やされ、膨大な数の動物を命が犠牲になりました。
✓ それにもかかわらず、莫大な税金が費やされ、膨大な数の動物の命が犠牲になっています。

【補足】

・現在も動物実験が継続されていると判断し、「膨大な数の動物の命が犠牲になっています」と変更しました。「実験台に置かれています」という文があるため、時制をそろえました。
Q: 本章は、「ジャーナリズムと権力」を題にし、ジャーナリズムにおける権力の捉え方について、異なる立場から分析し(一般市民、政治エリート、ジャーナリスト)、権力という概念を詳しく解説した。
冒頭に、ジャーナリズム論はジャーナリズムとアカデミズム双方から長期に批判されてきたという事実を述べた上、これまでの批判が不十分であることも指摘し、ジャーナリズムを批判する前提として、「民主主義」と「権力」二つの概念に対する再検討は極めて重要であることも提示した。民主主義体制をとる国家であるこそ、一般市民の代表として、国家機構と相互に権力を行使し合いながら、ジャーナリズムが自分の役割を十分に果たせるのである。 この表現は自然ですか?
A: × 本章は、「ジャーナリズムと権力」を題にし、ジャーナリズムにおける権力の捉え方について、異なる立場から分析し(一般市民、政治エリート、ジャーナリスト)、権力という概念を詳しく解説した。
本章は、「ジャーナリズムと権力」をテーマにし、ジャーナリズムにおける権力の捉え方について、異なる立場(一般市民・政治エリート・ジャーナリスト)から分析し、権力という概念を詳しく解説した。

× 冒頭に、ジャーナリズム論はジャーナリズムとアカデミズム双方から長期に批判されてきたという事実を述べた上、これまでの批判が不十分であることも指摘し、ジャーナリズムを批判する前提として、「民主主義」と「権力」二つの概念に対する再検討は極めて重要であることも提示した。
✓ 冒頭に、ジャーナリズム論はジャーナリズムとアカデミズム双方から長期に批判されてきたという事実を述べたうえで、これまでの批判が不十分であることも指摘し、ジャーナリズムを批判する前提として、「民主主義」と「権力」二つの概念に対する再検討は極めて重要であることも提示した。

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