筆者の例文や意味・使い方に関するQ&A

「筆者」を含む文の意味

Q: ある筆者の作品を全般的に読む とはどういう意味ですか?
A: 「一般的」は違います。「全体的」は意味的には近いかもしれませんが、ここで「全体的に読む」と言うのは変です。

Nicht nur einen Teil seiner gesamten Werke, sondern möglichst viel, übergreifend lesen (z. B. zum Zweck einen Überblick über diesen Schriftsteller zu gewinnen).
Q: 筆者の見解では、九月一一日の事件は、すでに始まっていた新しい世界の特徴を衝撃的な形で示したところにその意義があるのであって、決して、この事件自体が新しい時代を生み出したわけではない。 とはどういう意味ですか?
A: According to the notion of the auther, the incident on September 11st itself DIDN'T contribute the creation of the new period, and it makes sense simply because it showed the characteristics of the new world which had already started in the implusive way.
Q: 筆者は、恐怖や不安をどうとらえているか とはどういう意味ですか?
A: 作者怎么把握恐怖和担心

备注
とらえる 的意思是
有的时候 “捕捉”
Q: 筆者は、恐怖や不安をどうとらえているか とはどういう意味ですか?
A: とらえる 了解
Q: 筆者によると、日本で就職活動ができるのが新卒者に限れている理由は、日本の会社が「きまり」から外れたところに優秀な人材はいないと確信しといるようだからである。 とはどういう意味ですか?
A: According to the editor, why only new school graduates can find job, because it seems that Japanese feels strongly there are no excellent human resource in peoples that derail the course.

「筆者」の類語とその違い

Q: 筆者 と 著者 はどう違いますか?
A: @serenacapurso
筆者…何かを書いた人
著者…本の筆者
Q: 筆者 と 作者 と 著者 はどう違いますか?
A: 筆者(一人称として使える):主張を含んだ文章を書く人

作者:創作的,芸術的な内容の書物,脚本などを書く人

著者:書物を書く人を広く表す言葉
Q: 筆者 と 著者 はどう違いますか?
A: 筆者
Autor "słowa pisanego", czyli np. artykułów w gazecie, esejów i innej twórczości, która nie jest wydana w formie książki. Jeśli zostanie wydany np. zbiór esejów danego autora, wtedy można go nazwać 著者.

著者 Generalnie autor książki.

Jeśli w książce cytowany jest inny autor, wtedy o nim się pisze 著者, a osoba pisząca tę książkę jest nazywana 筆者.

W zadaniach testowych w pytaniach typu "co autor artykułu miał na myśli", zwykle widuje się 筆者, jako autor tego danego tekstu.
Q: 筆者 と 作者 はどう違いますか?
A: 筆者 ... 本、物語
作者 ... 筆者 + 映像、音楽、絵画...
Q: 筆者 と 作家 と 著者 はどう違いますか?
A: 筆者
A writer who wrote a sentence or an article and anyone can be "筆者"
作家
A writer by occupation
著者
A writer who wrote a book that was published

「筆者」を翻訳

Q: According to the author, mobile phones are both convenient and troublesome. Is 「筆者の話では、携帯電話は便利も不都合も。」okay? は 日本語 で何と言いますか?
A: I'd say,
便利でもあり、面倒くさくもある。
Q:筆者自身で言えば、犬と猫の区別はついても、犬の中の細かい分類はできない」を読んでいただけませんか。 は 日本語 で何と言いますか?
A: QAの全文をご確認ください

「筆者」についての他の質問

Q: 筆者にはどんな「出会い」がありましたか。
英語との出会いがありました。

いつ、どのようにして出会いました。
高校生の時、友達から紹介されたペンフレンドと文通を始めて出会いました。

その「出会い」によって何が変わりましたか。
高校生の時英語が嫌いだった筆者は、英語が好きになって、今英語と有縁の仕事をしています。

もし、その「出会い」がなかったら、どうなっていたでしょうか。
英語と無縁の仕事をしていたでしょう。 この表現は自然ですか?
A:筆者にはどんな「出会い」がありましたか。
英語との出会いがありました。

いつ、どのようにして出会いました【か】。
高校生の時、友達から紹介されたペンフレンドと文通を始めて出会いました。

その「出会い」によって何が変わりましたか。
高校生の時英語が嫌いだった筆者は、英語が好きになって、今英語と【関係のある】仕事をしています。
もし、その「出会い」がなかったら、どうなっていたでしょうか。
英語と無縁の仕事をしていたでしょう。

*確かに「無縁」の反対語は「有縁」ですが、「有縁」は特殊な仏教用語で、一般的な事柄については使えません。ここでは、「英語と関係のある仕事」や「英語を使う仕事」が適切でしょう。

https://www.weblio.jp/content/%E7%84%A1%E7%B8%81

https://www.weblio.jp/content/%E6%9C%89%E7%B8%81
Q:  筆者が述べた根拠にいくつかの疑問がある。まず、訓読みの漢字は勿論漢語ではなく日本語であるものの、それは日本の「独自性のある物」と言えるだろうか。韓国の例を挙げれば、20世紀半ば以来漢字を廃止して使わなくなったが、今や韓国人の名前に漢字が普通に入っている。そうした観点から見ると、ハングルで発音する漢字も韓国語の独自性がある物とも言えるのではないだろうか。 この表現は自然ですか?
A: ​‎> 筆者が述べた根拠について、いくつか疑問がある。
根拠に疑問が所属しているのではなくて、根拠に対して疑問があるはずなので、こうすると文の繋がりが明確になり読みやすいです。

> まず、訓読みの漢字はもちろん漢語ではなく日本語であるものの、それは日本の「独自性のある物」と言えるだろうか。
「もちろん」などの機能語は、ひらがなにすると良いです。
日本では「漢語」は「中国語」という意味ではなく、漢字を使用した借用語を「漢語」と言い、清代までの漢文由来の語彙を想定します。
訓読みは、やまとことばを無理矢理漢字に当てはめて読ませるようにしたものだとぼくは認識しています。
「かは」と読んでいたのものに「川」という漢字をあてているはずです。ベトナムや韓国も、基礎的な語彙についてはそういったものがあると思います。

> 韓国の例を挙げると、韓国では20世紀半ばから漢字を廃止して使わなくなったが、今や韓国人の名前として漢字が使われることは全く稀ではない。
「普通に入っている」は口語で、無礼です。
「今や」と使いたいときは、最後に「だ」「ない」と〆てください。係り結びの名残です。

> こうした観点から見ると、韓国語もハングルを使って韓国独自の音で漢字を読むことから、韓国語にも独自性があると言えるのではないだろうか。

最後だけ日本語が不自然で、大雑把に感じました。
また、「そうした」は遠すぎます。
「ハングルで発音する漢字」とありますが、韓国ではハングルで発音する漢字でも、他の漢字圏ではハングルでは発音しないことも多いと思います。

独自性は、それ固有の性質なので、日本語で使われる漢字や韓国語で使われる漢字には独自性があると思います。

どこの国でもそうだと思いますが、シビアな議論では、相手が外国人ということは何も考慮せず「日本語を流暢に使う」という立場を十分に活かして詭弁を操り、相手をやり込めるということをするので、ひとつひとつの語、特に機能語について研磨することをお勧めします。
Q: 筆者にとって、「日本人の耳」はさまざまな音を含んだ物音を聞いても、単一の音へ集中する特性がある。また、それを通じて対象に没入し、無我の境地を達したように対象と同一化する。 この表現は自然ですか?
A: 筆者によると、「日本人の耳」はさまざまな音を含んだ物音を聞いても、単一の音へ集中する特性があり、また、それを通じて対象に没入し、無我の境地に達したように対象と一体化するという。
Q: 筆者の意見に同意する。私もコミュニケーションというのは人間の心がわかるという必殺技だ。それに、片思いから、比較的にコミュニケーション能力に向上するという筆者の意見に賛成だ。

この読み物にたくさんスタイルの特徴があると思う。まず、文のとうちがたくさんある。例えば、’でも、僕は思うのです、人は片思いの経験からコミュニケーションの極意を学んでいくんじゃないか、と”。次に、筆者は砕けた言葉と丁寧語と場をよく両方に使う。例えば、「人間は他人の心を読み取りことはできない。。。僕は思います」。

この表現は自然ですか?
A: 良い意見文ですね。
少し自然な言い方に変えますね。yinsta124さんは「だ・である」を使っていらっしゃるので、フォーマルな書き方が良いと思います。

①「私もコミュニケーションというのは人間の心がわかるという必殺技だ。」
私もコミュニケーションは人間の心を理解する必殺技だと思う。

②「片思いから、比較的にコミュニケーション能力に向上する」
片思いから徐々にコミュニケーション能力が向上する

③ 「この読み物にたくさんスタイルの特徴があると思う。」
この文章には、さまざまなスタイルが用いられている。

④文の「とうち」=「倒置」

⑤「筆者は砕けた言葉と丁寧語と場をよく両方に使う。」
筆者は、砕けた表現と丁寧な表現をよく同時に使う。
Q: 筆者は、絵画を鑑賞する時、日本国外で自由に自分なりの方式を賛美する一方、日本で絵を大事にするマナーが重視される方式にも悪くないと考える。どちらもメリットがあると思っている。 この表現は自然ですか?
A: 筆者は絵画を鑑賞する際、日本国外で自由に自分なりの方式ですることを賛美しているが、日本で絵を大事にするマナーを重視する方式も悪くないと考えており、どちらにもメリットがあると思っている。
がいいと思います。
どちらも肯定的に捉えているのでここでは一方は使わない方がいいと思います。

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